【歴史】「大正デモクラシー」とは?ディープな日本史シリーズ


歴史で出てきますね。
「大正デモクラシー」。

よくわからん。

って人は多いと思うので、
わかりやすくいきますよ。


深淵をのぞく時、
深淵もまたこちらをのぞいているのだ。

何事も、ほどほどにね。
(意味不明)



ディープな日本史。
いきましょう。



「大正デモクラシー」をひと言で言うと、

日本が初めて『民主主義』という新しい風にワクワクし、社会全体が自由を求めた雰囲気。

のこと。

だいたい、
1912年 〜 1925年。

第一次護憲運動の1912年から、
普通選挙法治安維持法が制定された
1925年まで。
が一般的。

※この1925年は、
よくテストでます。重要年ですよ。



明治時代の
「お上(政府)が決めたことに従う」
という空気から、

「自分たちの意見を政治に反映させよう!」
というエネルギッシュな時代への転換期。

そんな感じですね。



3つのポイントがあります。

1.政治の主役が「国民」に近づいた

それまでの政治は、
一部の特権階級(藩閥政治)がブイブイ。

しかし大正時代に入ると
「国民の意見を聞かない政治はおかしい!」
という声が爆発します。

◾️吉野作造の「民本主義」:
「主権が天皇にあっても、政治の目的は民衆の利益にあるべきだ」という考え方。

これが当時の人々に勇気を与えました。

◾️政党政治の誕生:
1918年、原敬(はら たかし)という、
華族ではない「平民」出身の首相が誕生。
これが本格的な「政党政治」のスタートです。



2.社会と文化が「自由」に染まった

政治だけでなく、
人々の暮らしや文化もガラッと変わりました。

◾️女性の自立:
平塚らいてうらが「青鞜社」を結成。
女性の権利を訴え始めました。

◾️労働運動と小作争議:
労働者や農民も「もっとまともな生活を!」と団結し、権利を主張するようになりました。



3.「光」と「影」のセット販売

大正デモクラシーの集大成が1925年です。

ここで、
重要な法律が2つセットで通りました。

「普通選挙法」と「治安維持法」。


★普通選挙法




自由や民主主義が広まる?
と思いきや…

不穏な法律が…↓


★治安維持法



なぜ終わってしまったのか?

この自由な空気は、
残念ながら長くは続きませんでした。

1929年の「世界恐慌」で景気がどん底。

人々の不安が募る中、
じわじわと軍部の力が強くなっていきます。

自由よりも「強いリーダーシップ」
「国家の安定」が優先され、
時代は昭和の軍国主義へと突き進むのでした…


まとめ

大正デモクラシーは、
現代の日本の民主主義の「根っこ」になった大切な時期です。

たとえ短期間だったとしても、
日本人が「自分たちの手で社会を変えられるかも!」と本気で信じた、非常にエネルギッシュな時代だった。
と言えますね。


終わります。


※しっかしガックマがガックマにならない…
(ただのクマのぬいぐるみに…)
すみません。



posted by本橋
「学習空間 埼玉西部エリア
(入間扇台教室&桶川西教室)」




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