【歴史の裏側】宣教師ザビエルの「本当の正体」とは

【歴史の裏側】宣教師ザビエルの「本当の正体」とは



歴史で出てきますね。

「フランシスコ・ザビエル」。


あの時代に日本に来る宣教師たちを見て、
疑問を持ったことはありませんか?

「わざわざこんな極東の島国まで、いったい何者?」


ズバリ言いましょう。
彼らの正体は、
ただの宗教家ではありません。


「ヨーロッパでのシェア争いに危機感を抱き、海外に活路を求めたカトリック教会のエリート営業マン」です。


なぜ彼らが日本にやってきたのか?

当時の世界的背景を、
3つのポイントで整理してみましょう。

歴史の裏側を見ると、
彼らの「切実な事情」が見えてきます。


1.ヨーロッパでの「カトリックの危機」(宗教改革)

最大の理由は、
当時のヨーロッパの宗教事情です。


16世紀前半、ルターなどが「今のカトリック教会は腐敗してる!」と声を上げ、プロテスタントという新しい勢力が誕生しました。

(これが宗教改革です)。


これにより、
ヨーロッパ内でカトリックの信者(つまり業界のシェア)が激減します。

「このままではマズい!」
と立ち上がったのが、ザビエルも創設メンバーの一人である「イエズス会」などの修道会。

彼らは「ヨーロッパで減った分は、海外で新しい信者を獲得し、巻き返す!」と、アジアなどへ決死の布教の旅に出たのです。


2.国家の「ビジネス・植民地戦略」とセット(大航海時代)

彼らはただの宗教家ではなく、
当時の超大国スペインやポルトガルなどの「国家」の強力なバックアップを受けていました。


当時のヨーロッパは「大航海時代」。

新しい領土や貿易ルート(香辛料や銀など)を求め、
世界中に船を出していました。

国王たちは「キリスト教を広めること」を大義名分としつつ、宣教師たちを「植民地化のための先遣隊」として利用していたのです。

宣教師たちも、
活動資金や船を出してもらうためには国家と密接な関係が必要。

「布教と貿易はセット」だったわけです。


3.日本側の「ウェルカムな事情」
(戦国大名と南蛮貿易)


いくら宣教師が来たくても、
日本側が「NO」と言えば入れません。

しかし、
当時の日本はドンピシャで戦国時代でした。


戦国大名たちは、
ライバルに勝つために、宣教師たちが乗る南蛮船がもたらす「鉄砲」「火薬の原料」「中国の生糸」といった、最新の武器や物資を欲しがっていました。

宣教師たちは交渉します。

「キリスト教の布教を許してくれるなら、ポルトガル船をあなたの港に呼んであげますよ」


大名からすれば「よくわからん宗教だけど、最新兵器と貿易の利益は欲しい。大歓迎!」

ということで彼らを保護。
自ら洗礼を受ける者(キリシタン大名)まで出現。


そして幕府は気づいた…
江戸時代の「禁教令」へ


しかし、
この「布教と貿易のセット」という彼らの裏の顔に、
やがて日本の権力者たちも気づき始めます。


「あれ?こいつら、ただ宗教を広めに来ただけじゃないぞ。

信者を増やして内乱を起こさせ、
スペインやポルトガルが日本を植民地にしようとしてるのでは…?」


豊臣秀吉の時代に
「バテレン追放令」が出され、
その警戒感は江戸幕府へと引き継がれます。

徳川家康、秀忠、家光と代を重ねるごとに幕府は警戒を強め、
ついに「禁教令」を出してキリスト教を禁止しました。

鎖国へと向かった背景には、
「彼らの正体が、強力な軍事国家の先遣隊である」という危機感があったのです。


まとめ

ザビエルたち宣教師は、
純粋な宗教的熱意を持った人々であったと同時に、

「ヨーロッパの宗教的な危機感」「強大国の海外進出の野望」「日本の戦国大名の思惑」という3つの要素がガッチリ噛み合った結果、あんなにも日本に来ることになったのです。


世界史の大きな動き(大航海時代・宗教改革)と、日本史の動き(戦国時代〜江戸時代)がリンクする。

歴史って、
裏側の事情を知るとめちゃくちゃダイナミックで面白いですよね!

終わり!!



posted by本橋
「学習空間 埼玉西部エリア
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